第170回
スケッチブックを持とう
ウェストバッグの中に必ず入っている物のひとつにスケッチブックがあります。
私が愛用しているのは葉書より少し大きめのB6サイズのものです。
これが持ち歩くのにちょうど良い大きさです。
スケッチブックだからといって、スケッチが目的という訳ではありません。
どちらかというとメモ代わりに使うことのほうが多いのです。
メモ代わりにスケッチブックというのは結構高価だと思います。
私も以前は広告の裏や失敗した印刷の裏などを利用してメモ帳を作ったりしていました。
今でも事務所で使うメモはそうして使っています。
それが現在のスタイルになったのにはいくつかの理由があるのです。
第一の理由は思考です。
私は本当にアナログ人間で、
何かを思考するときには紙の上に鉛筆を走らせながらイメージしないとうまくいきません。
設計だって最初は必要な部屋の有機的なつながりを線で繋げるように紙に書き、
何回もそれを繰り返していくうちにゾーニングが決まっていきます。
ですから、間取りが決まるまでに多くのスケッチが必要なのです。
以前はそういう過程より、最終的に出来あがるプランのほうが重要だと思っていました。
だから、過程は下書き、図面は清書という感覚でした。
でも、ある時、建築家の安藤忠雄氏の展覧会に行ったとき、
そこに展示されていたのは、設計過程のスケッチでした。
正直、感動しましたね。
設計という作業はほとんどの時間が思考であり、
図面なんてその結果をきれいに書き直しただけです。
私たちの報酬は製図代に支払われるのではなく、思考にこそ支払われなければならない。
そう思ったとき、いままで広告の裏に書いては捨てていた自分の思考の過程が
とてもいけないことをしていたのだと気がついたのです。
以来、そういった思考の過程は必ず残すことにしました。
ですから、物件が発生すると1冊のスケッチブックを購入しています。
もうひとつの理由は記憶です。
建築評論家の南雄三氏と一緒に旅行をすると、氏は時間を見つけては建築スケッチを始めます。
南さんは若いころ世界中を放浪し、その記憶をスケッチに書き込んだそうです。
味わいのあるスケッチは個展が開けるほどの腕前なのです。
単に形がわかればよいのであればデジカメのほうが上で、
スケッチでの記憶は自分の記憶の確認作業でもあります。
だから私もあえてスケッチすることでしっかり記憶に残すことにしたのです。
また、クライアントと打合せをするときも有効です。
最近はコンピュータによる3Dが流行っていますが、
イメージを伝えるには、本人の目の前で鉛筆を走らせて描くパースのほうがいいと思います。
パースは理屈がわかれば誰でも書くことが出来ますが、
目の前で鉛筆を走らせると、結構味のある線が描けたりするものです。
私のスケッチブックはそうした思考の過程や、クライアントとの打合せの記憶、
イメージスケッチで埋まっていきます。
そうして1冊が埋まるころ、建物が出来るという訳です。
最近は住宅改修のデータを書き込むのにも活躍しています。
ばらばらになるメモとは違い、スケッチブックに書き込むと
無くなる心配が無いのがありがたいです。
ハードカバーのスケッチブックは形が崩れないのでとても使いやすいです。
私に収入をもたらしてくれる大切なツールです。
1冊700円くらいは支払う価値はあると思います。
|